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今日から学びを始めましょう。世界最大の家族歴史カンファレンス兼系図学学習ライブラリー「RootsTech」にぜひご参加ください。2026年3月5日~7日開催。今すぐ登録を。

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カンファレンス開始まで残り:

50 日 23 時間 4 分

基調講演者のご紹介

プロフィール写真: スティーブ・ロックウッド

スティーブン・T・ロックウッドは,家族歴史部の実務運営ディレクターであり,ファミリーサーチ・インターナショナルの会長兼CEOです。ファミリーサーチに加わる前は,MasterCard International(マスターカード・インターナショナル),AT&T,Disney(ディズニー),Office Depot(オフィスデポ),Citibank(シティバンク)などの有名企業をはじめとする世界中の顧客向けに独自のサービスを提供することを専門としていました。また,後に大企業に買収されることになった会社を二社立ち上げています。直近では,ファミリーサーチの国際部門のディレクターを務めていました。

スティーブは,ブリガムヤング大学で文学士号を取得し,後にコロラド州ボルダーにあるコロラド大学でMBAを取得しました。

また,アルゼンチン・コルドバ伝道部の専任宣教師,長老定員会会長,ビショップリック,ステーク伝道部会長会,ステーク若い男性会長,ステーク会長顧問,若い男性会長,セミナリー教師,高等評議員など,末日聖徒イエス・キリスト教会で数多くの召しを果たしてきました。

スティーブはワイオミング州ロックスプリングスで生まれ,1985年8月にジル・アンズリー・フォーブスと結婚しました。夫妻には4人の子供と3人の孫がいます。スティーブと妻のジルはソルトレーク・シティー在住です。

プロフィール写真: ジーコ

ジーコの愛称で知られるアルトゥール・アントゥネス・コインブラは、1953年3月3日、ブラジルのリオデジャネイロで生まれました。史上最高のサッカー選手の一人として広く認められ���いるジーコは、その目を見張る技術力、ビジョン、そしてゴールを決め続ける能力から「白いペレ」というニックネームを獲得しました。攻撃的ミッドフィルダーとしての彼のキャリアは20年以上に及び、その間、サッカーにおける卓越性と創造性の象徴となりました。

ジーコは1971年にフラメンゴでプロとしてのキャリアをスタートさせ、瞬く間に頭角を現しました。「コパ・リベルタドーレス」や1981年の「インターコンチネンタルカップ」など、クラブを複数の国内外のタイトル獲得へと導きました。また、イタリアのウディネーゼや日本の鹿島アントラーズでも活躍し、日本人ファンからは「サッカーの神様」の愛称で親しまれるようになりました。

国際的には、ブラジル代表として3回のFIFAワールドカップ(1978年、1982年、1986年)に出場し、71試合に出場して48のゴールを記録しており、ブラジル代表史上5番目に多く得点した選手となりました。彼の在任中、ブラジルはワールドカップで優勝こそ逃したものの、彼が率いた1982年のチームは、今でもサッカー史上最も象徴的なチームの1つと見なされています。

フリーキックの巧みさで知られるジーコは、直接フリーキックから100ゴール以上を決めたと考えられており、公式戦では62ゴールが確認されています。正確さと力強さでボールを曲げる能力においては他の追随を許さず、サッカー史上最も偉大なセットプレーの名手としてしばしば引き合いに出されています。

1994年に現役を引退した後、ジーコはコーチングとサッカーマネジメントの役割へと転身しました。2004年のアジアカップ、また2006年のFIFAワールドカップでは日本代表チームを優勝に導いています。彼の監督としてのキャリアには、フェネルバフチェ、CSKAモスクワ、オリンピアコス、イラクなどでの活動も含まれています。

近年は鹿島アントラーズのテクニカルアドバイザー兼グローバルアンバサダーとしてサッカー界に貢献し続けています。1990年代には、ブラジルのビーチサッカーの発展において極めて重要な役割を果たし、スポーツの形式化と新世代のプレーヤーを鼓舞することに貢献しました。

ジーコの遺産は、その功績にとどまらず、彼の謙虚さ、スポーツマンシップ、そして世界のサッカーコミュニティへの永続的な影響力によっても形づくられています。そのストーリーは、世界中のアスリート志望者やファンのインスピレーションの源であり続けています。

プロフィール写真: ホセ・ヘルナンデス

NASAのエンジニアであるホセ・M・ヘルナンデスは、初のヒスパニック系アメリカ人が宇宙飛行の乗組員として選ばれたというニュースを聞いて以来、自分も宇宙に飛び立ちたいと考えていました。「カリフォルニア州ストックトン近郊の畑でテンサイの畝を鍬で耕していたとき、トランジスタラジオでフランクリン・チャン・ディアスが宇宙飛行の乗組員選ばれたことを聞きました」と、当時高校3年生だったヘルナンデスは言います。「わたしはすでに科学と工学に興味を持ってはいましたが、それが『宇宙に飛び立ちたい』と思った瞬間でした。それ以来、わたしは毎日そのために努力してきました」とヘルナンデスは振り返ります。そして今、その努力は報われています。彼は2004年の宇宙飛行士候補生の一環として、ミッションスペシャリストの訓練を開始するために選ばれました。

メキシコから出稼ぎ農家の4人兄弟の1人として移住してきたヘルナンデスは、12歳になるまで英語を学ばず、幼少期の多くを転々として過ごしました。「カリフォルニアの巡回」と彼が呼ぶ当時の生活は、毎年3月に家族と一緒にメキシコから南カリフォルニアまで旅し、11月には北のストックトン地区まで移動するというもので、ルート沿いの農園でイチゴやキュウリを摘んでいました。その後、クリスマスにはメキシコに戻り、春になると再び巡回コースを巡ります

「そんな風に旅できたら楽しいと思う子もいるかもしれませんが、働かなければなりませんでしたからね。決して休暇ではないですよ」とヘルナンデスは笑います。

ストックトンの高校を卒業後、ストックトンのパシフィック大学に入学し、電気工学の学位を取得したヘルナンデスは、カリフォルニア大学サンタバーバラ校の大学院プログラムへの全額奨学金を授与され、工学の研究を続けました。1987年には、大学時代に実習生として働いていたローレンス・リバモア国立研究所に正社員として就職しました。

ローレンス・リバモアでは、レーダーイメージング分野における信号処理、画像処理技術における応用、コンピュータ断層撮影および音響イメージング分野に取り組みました。キャリアの後半では、X線レーザープログラム用の定量的X線フィルム画像分析技術の開発に取り組みました。ヘルナンデスは、これらの技術を医学物理学の分野に応用し、最初の全視野デジタルマンモグラフィ撮影システムを共同開発しました。このシステムは、現在のフィルム/スクリーン式マンモグラフィ技術よりも早期に乳がんを検出するのに役立つことが証明されています。ヘルナンデスは、このプロジェクトにおける貢献が評価され、表彰されていますまた、国際舞台でも活躍し、ローレンス・リバモアや米国エネルギー省の代理として、ロシアの核不拡散問題に取り組みました。

宇宙飛行士の申請プロセス中に、審査委員会に会う必要があったヘルナンデスは、そこで自分に影響を及ぼした原点とも呼べる、フランクリン・チャン・ディアスと出会いました。

「自分にとって、旅路の原点とも呼べる人物から評価されるのは、不思議な感じがしました」とヘルナンデスは言います。「しかし、実は互いに共通の経験、似たような生い立ち、同じような言語の問題を経験していたことを知りました。それが自分の自信につながりました。どんな障壁も、彼がすでに乗り越えていたのです。

次はわたしの番なんです!」とヘルナンデスは微笑みます。

プロフィール写真: ガーディナー・ブラザーズ

ガーディナー・ブラザーズは、5度の世界チャンピオンに輝いたアイリッシュダンサーです。話題を呼ぶコンテンツを制作し、基調講演者としても世界中の観客を魅了してきました。伝統的なアイリッシュダンスと現代音楽、独創的な語りを融合させ、世界的なブランド、メディア、セレブリティから高い評価を得ている彼らには、800万人以上のフォロワーがおり、その動画は80億回以上の再生回数を誇ります。

エネルギッシュな企業エンタテインメント、基調講演体験、ブランドコラボレーションを通じ、イノベーションやチームワーク、ソーシャルメディアの力を取り入れた価値観を個人や企業に提供しています。「Riverdance(リバーダンス)」の元トップダンサーである彼らは、自身のツアーショー「Unleashed」のスターとして、オンラインと対面を含む、あらゆるステージで世界クラスのパフォーマンスと革新をもたらしています。

プロフィール写真: ジェシカ・ソーホー

「ジェシカ・ ソーホー は フィリピンで最も称賛され   そして最も多くの賞を受賞した フィリピンの放送ジャーナリストです 1964年3月27日に生まれ、イロカノ人であることを 誇りに思う 彼女は、ジャーナリズムの分野において消えることのない遺産を築き上げました。

フィリピンの放送業界で40周年を迎え��ソーホーは 、比類のない業績と国内外で幅広い認知度を集めました。フィリピン人として初めて「the esteemed GeorgeFoster Peabody Award(名誉あるジョージ・フォスター・ピーボディ賞)」を2度も受賞し、歴史的快挙を果たしています。1999年にはドキュメンタリー「Kamao and Kidneys for Sale」で初の受賞を果たし、2014年にはタクロバンを襲った台風30号(Haiyan)直後の詳細な報道により受賞を果たしています。 

 また   、フィリピン人として初めて「NewYork Festivals TV & FilmAwards(ニューヨーク・フェスティバル)」にノミネートされて受賞を果たし、「Reader’s Digest Trusted Brands Awards Hall of Fame(リーダーズ・ダイジェスト「信頼のブランド賞」)」でも殿堂入りし、13年連続で、「報道や時事問題において最も信頼されるテレビホスト」に選ばれています。   

ソーホーは、フィリピン大学マス・コミュニケーション学部で「Gawad Plaridel Award for Journalism(名誉ある、ガワッド・プラリデル・ジャーナリズム賞」を受賞した初の卒業生として評価されています。  

フィリピンのテレビ界において高い認知度を持つソーホーは、1988年にニュースのレポーターとしてジャーナリズムの道を歩み始めました。2014年にGMAニュースを引退するまでの間、GMAニュース番組第一副社長に昇進し、同番組がフィリピンで最も信頼される最大手の報道機関としての地位を確立するうえで、極めて重要な役割を担いました。

説得力のある語りと、誠実にジャーナリズムに向き合う揺るぎない決意で知られるソーホーは、フィリピンのメディアにおいて変わることなく影響力のある発信を続けています。現在は、ジェシカ・ソーホーのGMAネットワークで最も評価され、受賞歴があり、2024年度にフィリピンでナンバーワンテレビ番組となった、「Kapuso Mo」のホストを務めています。                                

これまでの実績は、調査報道、暮らしに寄り添うコンテンツ、歴史的出来事に関する報道にまで及びます。共感力や洞察、また真理に対する揺るぎない献身を持つジェシカ・ソーホーは、ジャーナリズムにおいて信頼性と卓越性における柱であり続けています。

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